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浦和地方裁判所 平成4年(行ウ)21号 判決 1994年10月24日

埼玉県岩槻市城南二丁目二番二七号

原告

小笠原弘

同県春日部市粕壁五四三五番地

被告

春日部税務署長 大川要

右指定代理人

小濱浩庸

神谷宏行

竹内信義

佐野友幸

小川修

小菅修二

早川順太郎

野崎宏

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成三年二月二五日付けでした原告の平成元年度分所得税の更正のうち総所得金額四四六万五〇〇〇円、納付すべき税額二七万一九〇〇円を越える部分及び重加算税賦課処分(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は板金加工業を営む者であるが、平成元年分の所得税について、青色申告書以外の申告書(白色申告書、以下「本件確定申告書」という。)によって、その法定申告期間内に、次のとおり確定申告をした。

総所得金額 四四六万五〇〇〇円

所得税額 二七万一九〇〇円

2  これに対し、被告は平成三年二月二五日付けで次のとおり更正及び重加算税の賦課決定(以下、前者を「本件更正処分」、後者を「本件重加算税賦課処分」、両者を合わせて「本件課税処分」という。)をした。

総所得金額 二三二八万九二三二円

所得税額 七〇四万七〇〇〇円

重加算税額 二三六万九五〇〇円

3  原告は、平成三年四月二四日、被告に対し、本件課税処分について異議申立をしたが、被告は同年八月六日これを棄却する旨の決定をした。

4  右決定に対し、原告は平成三年九月六日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、国税不服審判所長は平成四年八月二〇日付けで次のとおり、原処分の一部取消しの裁決をした。

総所得金額 一九四五万六八二七円

所得税額 五三二万四四〇〇円

重加算税額 一七六万七五〇〇円

5  しかしながら、本件課税処分は裁決による一部取消しの後においても、その内容に瑕疵があり、違法である。

よって、原告は被告に対し、本件更正処分のうち総所得額四四六万五〇〇〇円、所得税額二七万一九〇〇円を越える部分及び本件重加算税賦課処分(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の各事実は認める。

2  同5の主張は争う。

三  抗弁

本件更正処分は推計課税の方法によったものであるが、その経緯と根拠は次のとおりである。

1  推計課税の必要性

(一) 原告は白色申告書で申告する者(以下「白色申告者」という。)であるが、被告が本件確定申告書を検討したところ、所得金額は記載されていたものの、その算定の基礎となる収入金額及び必要経費の記載がなく、所得税法一二〇条四項所定の「事業所得等に係る総収入金額及び必要経費の内訳書」の添付もないため所得金額の算出根拠が不明であり、そのうえ、事業開始以後、原告は土地を取得し、自宅を新築し及び数台の自動車を購入していることから申告所得金額が過少であるとの疑いがもたれた。また、原告に対しては税務調査を実施したことがなかったので、右申告内容の確認のために調査を行う必要が認められた。

(二) そこで被告の小林係官は平成二年四月一一日午後一時二五分ころ、原告宅に赴いたが、原告は他所に出かけるところであるから調査に応じられないとのことであったので、同月一八日午前一〇時から改めて調査を行う旨原告の了解を得た。しかし、同月一七日に至って原告から調査の延期が求められ、その後も数回にわたり原告の要請で調査が延期された。

そうして原告は漸く同年七月二〇日午後二時に調査を行うことを承諾したので、被告の北口係官は、同日右時刻に原告宅に赴いたところ、原告は民主商工会春日部岩槻支部の会員八名を同席させて調査理由の開示を要求し、北口係官の調査に応じなかった。

北口係官は、同月二三日に原告に対し、電話で、立会人を除外して帳簿等の閲覧をさせることを求めたが、原告は調査に協力することを拒んだ。

以上のとおり、原告は調査に関係のない第三者の立会いを求めて帳簿を提示せず、調査に協力せず、そのため、被告は、帳簿等に基づいた実額による所得金額の把握は不可能であったので、やむなく被告の調査によって把握した売上金額を基礎として原告の所得金額を推計して、本件更正処分を行った。

2  推計課税の合理性

被告は推計の方法により原告の平成元年分の事業所得金額を算出したところ、右推計の方法は次のとおりであって、合理性がある。

(一) 事業所得金額 二〇〇〇万六二五二円

右金額は、後記(二)の収入金額に後記(三)の同業者率を乗じて算出した。

(二) 収入金額 一億二九三二万二八九六円

被告が原告の取引先等に対し調査を行って把握した原告の事業所得に係る収入金額であり、その内訳は別表一「収入金額一覧表(平成元年分)」記載のとおりである。

(三) 同業者率 一五・四七パーセント

右同業者率の算出方法は次のとおりである。

(1) 比準同業者の抽出基準

比準すべき同業者として、原告の納税地を所轄する春日部税務署並びに同署に隣接する埼玉県内の浦和、大宮、上尾、川口、行田及び越谷の各税務署の管内に住所又は事業所を有する板金加工業を営む者で、調査対象年分(個人事業者については平成元年分。法人事業者については平成元年七月三一日から同二年五月三一日までの間に事業年度が終了するものの各事業年度)において、次の全基準を充たす個人又は法人をすべて抽出した。

<1> 調査対象年分を通じ、板金加工業を営んでいた者

<2> 個人事業者については、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受け、かつ、青色申告書を提出した者(以下「青色申告者」という。)で、所得税青色申告決算書を提出していたもの

法人事業者については、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受け、かつ、青色申告書を提出した法人(以下「青色申告法人」という。)で、確定申告書並びにその添付書類である貸借対照表、損益計算書及び勘定科目内訳書を提出していたもの

<3> 調査対象年分の収入(売上げ)金額が原告の収入金額の二分の一以上二倍以内の範囲内である六四六六万一四八八円以上二億五八六四万五七九二円以下である者

<4> 材料費の仕入れ及び外注費の支払いのある者

<5> 災害等により経営状態が異常と認められる者以外の者

<6> 税務署長から更正又は決定処分を受けている者については、不服申立等争訟中でない者

以上の基準により抽出したところ、右基準をすべて充たす同業者は別表二「比準同業者の所得率」の比準同業者欄に記載したAないしKであり、これら比準同業者(以下、「本件比準同業者」という。)はすべて法人である。

(2) 個人事業者の所得への換算

原告は個人事業者であり、法人の所得と個人の事業所得はその範囲等が異なっているため、被告は、本件比準同業者の損益計算書上の税引前当期利益の額を基礎として、以下のとおり、個人の白色申告者には認められていない益金の額又は損金の額を控除又は加算する等して、個人の白色申告者の事業所得に換算した。そして、右換算後における本件比準同業者の収入(売上)金額と所得金額、及びこれに基づく所得率は、別表二「比準同業者の所得率」記載のとおりである。

<1> 収入について

法人事業者の左記各収入は、個人事業者においては収入金額とならないから、これを本件比準同業者である法人の税引前当期利益の額から控除した。

(a) 不動産又は不動産の上に存する権利等の貸付けによる収入

(b) 利益の配当及び剰余金の分配に係る収入

(c) 公社債及び預貯金の利子等に係る収入

(d) 固定資産の譲渡(売却)に係る収入

(e) 事業又は業務として行う場合を除く有価証券の譲渡(売却)に係る収入

(f) 各種準備金を積み立てた場合又は各種引当金を繰り入れた場合に損金の額に算入された準備金の積立額の目的外の取崩又は引当金の戻入等があるときの取崩又は戻入等該当金額

(g) 詳細が明らかではなく、事業の遂行に付随して生じた収入であるか否かが判断できないもの

<2> 費用について

法人事業者の左記各費用は、個人事業においては必要経費とならないから、これを本件比準同業者である法人の税引前当期利益額に加算した。

(a) 中小企業海外市場開拓準備金等各種準備金の積立額

(b) 貸倒引当金等各種引当金の繰入額

(c) 各種特別償却の額

(d) 各種割増償却の額

(e) 耐用年数の短縮による通常の減価償却費を超える償却費

<3> 代表者等から受領する又は代表者等に支払われる金額

法人の代表者及び代表者と生計を一にする者(以下、「代表者等」という。)から法人が受領する利息及び賃貸料等の額(以下、「受領額」という。)又は法人から右代表者等に対して支払われる報酬、給料、利息及び貸借料等の額(以下「支払額」という。)は、法人の所得金額の計算においては益金又は損金となる。しかし、個人の事業所得の計算においては右受領額又は支払額は発生しないものとみなされる。したがって、原告の事業所得額に換算するに当り、右受領額を控除し、右支払額を加算した。

<4> 減価償却費について

原告は減価償却資産の償却の方法を選択していなかったから、原告の減価償却費については、法定償却方法である定額法により計算すべきものである。したがって、法人事業者が減価償却費の計算を定額法以外の方法で行っている場合には、個人所得に換算するに当たり、これを定額法に置き換えて計算した。

<5> 納税充当金について

事業用資産に係る固定資産税及び事業税等は、法人の経理においては、通常販売費及び一般管理費料目中の租税公課として処理されているが、本件比準同業者の中で、右経理方法によらず、右固定資産税等を法人の前事業年度以前における納税充当金の残り(法人税納税後の利益(課税済所得)の一部)から支出する経理方法を採り、支払った固定資産税等を当期の事業年度における販売費及び一般管理費料目の租税公課として経理していないものについては、税引前当期利益の額から、右固定資産税及び事業税の額を控除して、その所得金額を算定した。

3  本件課税処分の適法性について

(一) 推計による原告の事業所得金額は前記のとおりであるところ、本件確定申告書における「所得から差し引かれる金額」の合計記載欄の金額は一七四万五一〇〇円であるが、原告の事業所得金額は一〇〇〇万円を超えており、そのため配偶者特別控除の要件を満たさないので、右合計金額から配偶者特別控除額三五万円を除くべきであり、したがって、所得控除の金額は一三九万五一〇〇円である。

そこで、課税される原告の所得金額は一八六一万一〇〇〇円であり、納付すべき所得税額は五五四万四四〇〇円であって、前記のような本件更正処分(裁決により一部取り消された後のもの)の事業所得の金額及び納付すべき税額を上廻るから、本件更正処分は適法である。

(二) 本件重加算税の額は、本件更正処分による納付すべき税額五三二万四四〇〇円から、原告の確定申告による納付すべき税額二七万一九〇〇円を控除した残額五〇五万円(一万円未満の端数切り捨て後のもの)に一〇〇分の三五の割合を乗じた一七六万七五〇〇円である。

そうして、原告が事実の所得金額を十分認識していたにもかかわらず、故意に著しく過少な所得金額を申告したことは、次の事実によっても明らかである。

(1) 原告は複写式の請求書等を作成していたから、本件係争年分の事業所得の金額を十分認識していた筈である。ところが、本件確定申告書における所得金額は四四六万五〇〇〇円であって、推計による所得金額二〇〇〇万六二五二円の約二割程度にすぎない。

(2) 原告は取引金融機関である太陽神戸三井銀行(現さくら銀行)岩槻支店に篠田宏治なる名義の普通預金口座(口座番号三一〇一六一八)を設け、原告の取引先から右口座に多額の送金をさせ、収入金額の除外を図っていた。

(3) 原処分調査の際、北口係官が原告の取引先及び取引金融機関に対していわゆる反面調査を実施したところ、原告は、同係官に対し、調査を止めるよう数回にわたり電話をし、また、取引先及び取引金融機関に対し、税務署の調査に応じないよう要請するなど、被告の調査を妨害した。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  推計課税の必要性の主張について

調査の経緯については争わない。

2  推計課税の合理性の主張について

原告の収入金額は認め、その余は争う。

3  本件課税処分の適法性の主張について

原告の平成元年分の所得税につき更正処分及び重加算税賦課処分が行われたこと自体は争わないが、本件課税処分における各税額については争う。

4  原告の主張

被告の推計は、次のとおり不合理である。

(一) 原告が経営する板金加工業は、工場建物を使用せず、従業員三名の個人経営であり、一〇〇パーセント外注の下請け仲介業である。一〇〇パーセント外注の下請け仲介業と実際に板金加工に従事している板金加工業とは企業規模、必要経費、所得率等が異なるにもかかわらず、被告は原告の経営する板金加工業とは業態の全く異なる事業者を比準同業者として抽出し、その所得率の平均をもって原告の所得率とした。

板金加工業には、原告が扱う屋根板金加工業のほか自動車板金加工業、室内板金加工業等種々のものがある。そして、それぞれ原材料費や外注費、人件費、設備費等が異なる以上、所得率も異なってくるにもかかわらず(特に屋根板金加工業と自動車板金加工業との間で顕著である。)、被告は右の区別をせず、漫然と板金加工業者として比準同業者を抽出した。

(三) 被告が本件課税処分において推計の基礎とした同業者率一八・九六パーセントは、昭和六二年分、六三年分の各所得税更正処分において通用した同業者率一二・二三パーセント、一二・三四パーセントに比べて六パーセント以上も高率である。しかし、いかなる業界においても、材料の仕入費、外注費、人件費等の必要経費と収入との関係は基本的にそれほど変動しないように維持されているから、当該年度の特殊な事情により変動する場合を除いて、所得率は各年度毎にそれほど変動しない。そして、原告の属する板金業界が平成元年に特に好況であったとか、原告が業種や業態を変え、或いは新しい事業を始めたという事情はない。それにもかかわらず、被告が適用した同業者の所得率が高率の変動をしたものであったことは、むしろ比準同業者の抽出方法に問題があったことを示すものであり、この点は被告が本訴において主張する同業者率においても同様である。したがって、同業者率としては、右昭和六二年分、六三年分の同業者率の平均を採るのが合理的である。そうすると、原告の所得税額は三五七万七六〇〇円、重加算税額は一一五万五〇〇〇円となる。

(四) 被告が本訴で主張する同業者率算定の対象とした同業者はすべて法人である。しかし、法人と個人では、企業規模、設備等の程度が異なり、特に原告のように工場建物を使用しない一〇〇パーセント下請け仲介業者と法人との比較は困難である。また、必要経費の控除においては、法人は種々の特典があり、青色申告の特典も同様である。それ故、事業収入が同程度でも個人においては法人事業と比較して事業所得は高くなり、その結果所得率が同程度としても納税額は個人業者の方が高くなる。したがって、法人の平均的な所得率は原告の事業の実態とかけ離れているから、これによって原告の事業所得を推計することには合理性がない。

五  原告の主張に対する被告の反論

1  主張(一)について

板金加工業においては、その仕事の遂行を自社工場で行うか、或いは外注によって一部又は全部について他社の生産ラインを利用するかは、営業形態の選択の一つに過ぎず、このような形態の差異はその業種に通常存する程度のものであって推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものとはいえないから、比準同業者の所得率の平均値を求める過程で捨象されるものである。原告においても、原告は材料を下請業者に供給しており、一般に下請業者に対して支払う対価は自社工場で仕事をする場合に費消しなければならない経費とさほど変わるところはなく、かえって自社工場の方が所得率が低いこともあり得るのであって(例えば設備投資に伴う減価償却費の増加、借入金の増加に伴う利息負担の増加等)、自社工場を持つものを比準同業者に含むことが不合理であるような根拠は存しない。

2  主張(二)について

板金加工業の製造対象品目は様々であるのが通常であり、かかる品目の種類の違いは通常存する程度の営業内容の違いにすぎず、推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものとはいえないから、比準同業者の所得率の平均値を求める過程で捨象されるものである。なお、自動車板金は自動車修理業として行われるものであり、本件比準同業者の中に自動車板金業者は含まれていない。

3  主張(三)について

事業所得を推計するに当たり、各年分におけるより正確な納税者の事業所得を求めるためには、比準同業者の営業成績、営業状況が反映する所得率を年分ごとに把握することが必要不可欠である。したがって、本件係争年分の所得率が他の二年分のそれよりも高いとしても、そのことのみをもって右所得率を排除すべき合理的な理由は存せず、仮にそのことをもって本件係争年分の比準同業者の所得率の数値を排除するとすれば、かえって当該年分の比準同業者と乖離した営業事績をもとに納税者の事業所得を算定しなければならなくなり、不合理である。

4  主張(四)について

前記のように原告と同じ地域的類似性を確保して同業者を抽出したところ、原告と同程度の収入金額を得ている業者は法人事業者しか存しなかったのであるから、比準同業者が法人だけであるからといって、本件推計の方法が不合理であるとはいえない。

第三証拠

本件記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について検討する。

1  調査の経緯については当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告の本件係争年分の所得金額については、原告から、これを実額で把握することが可能な帳簿書類及びその原始記録の提示がなく、税務職員による調査についても原告の協力が得られなかったのであるから、被告としては、推計の方法による以外に原告の申告にかかる所得金額を確認する方法がなかったということができる。したがって、本件更正処分については、推計課税の必要性が存在したものと認められる。

2  推計課税の合理性について

(一)  被告が反面調査によって把握した原告の平成元年分の収入金額が一億二九三二万二八九六円であることは当事者間に争いがなく、被告は、これに同業者の平均所得率を乗じて所得金額を推計したものであるところ、成立に争いのない乙第二号証、第二〇号証の一ないし七、第二一号証の一ないし七、第二二号証並びに弁論の全趣旨によれば、右平均所得率は次のように算出されたものであることが認められる。

(1) 被告は、比準同業者として、原告の納税地を所轄する春日部税務署並びに同署に隣接する埼玉県内の浦和、大宮、上尾、川口、行田及び越谷の各税務署の管内に住所又は事業所を有する板金加工業を営む者で、<1>調査対象年分を通じ、板金加工業を営んでいた者、<2>個人事業者については、青色申告者で、所得税青色申告決算書を提出していたもの、法人事業者については青色申告法人で、確定申告書並びにその添付書類である貸借対照表、損益計算書及び勘定科目内訳書を提出していたもの、<3>調査対象年分の収入(売上)金額が原告の収入金額の二分の一以上二倍以内の範囲内である六四六六万一四四八円以上二億五八六四万五七九二円以下である者、<4>材料費の仕入れ及び外注費の支払いのある者、<5>災害等により経営状態が異常と認められる者以外の者、<6>税務署長から更正又は決定処分を受けている者については、不服申立等の争訟中でない者というすべての要件を充たす者全員を抽出した。そうすると、個人事業者には右要件すべてを充たす者はなく、右要件のすべてを充たした者は法人事業者だけであり、その数は春日部税務署管内が三社、浦和税務署管内が二社、大宮税務署管内が一社、川口税務署管内が一社、越谷税務署管内が四社、合計一一社であり、別表二「比準同業者の所得率」の比準同業者AないしKがこれに該当する。

(2) 右のとおり比準同業者はすべて法人であるので、被告は、以下のとおり本件比準同業者である各法人の所得及び経費等を個人事業者の所得及び経費等に換算した。

<1> 本件比準同業者の収入金額及び所得金額を求めるに当り、法人においては事業所得の計算において益金に含まれる収入とされるが、個人事業者の事業所得の計算においては収入金額に含まれない次の収入を右各法人の税引前当期利益の額から控除した。

ア 不動産又は不動産の上に存する権利等の貸付けによる収入

イ 利益の配当及び剰余金の分配に係る収入

ウ 公社債及び預貯金の利子等に係る収入

エ 固定資産の譲渡による収入

オ 事業又は業務として有価証券の譲渡を行う場合を除いた有価証券の譲渡による収入

カ 各種準備金を積み立てた場合又は各種引当金を繰り入れた場合に損金の額に算入された準備金の積立額の目的外の取崩又は引当金の戻入等があるときの取崩又は戻入等の金額

キ その詳細が明らかではなく、事業の遂行に付随して生じた収入であるか否かが判断できないもの

<2> 左記各費用は、本件比準同業者の所得の計算上は損金の額に算入すべき費用に当たるが、個人の白色申告者の事業所得の計算上は必要経費に当たらないので、本件比準同業者の収入金額及び所得金額を求めるに当り、これら費用を本件比準同業者の税引前当期利益の額に加算した。

ア 青色申告法人が中小企業海外市場開拓準備金等の各種準備金を積み立てた場合の各種準備金積立額

イ 青色申告法人が貸倒引当金等の各種引当金を繰り入れた場合の各種引当金の繰入額

ウ 青色申告法人が取得し、事業の用に供している減価償却資産についての特別償却の額

エ 青色申告法人が事業の用に供している減価償却資産についての割増償却の額

オ 青色申告法人が有する減価償却資産の耐用年数の短縮による通常の減価償却費を超えた償却費

<3> 法人とその代表者等との間における受領額又は支払額は、個人の事業所得の計算においては、個人と事業主体が同一人格であるから、発生しないものとみなされる。したがって、原告の事業所得の金額の換算に当っては、本件比準同業者の益金から受領額を控除し、益金に支払額を加算すべきところ、個人事業者が支払った報酬・給料について、白色申告者の場合には、事業専従者の人数に応じ、定額が必要経費に算入されるが、原告の確定申告書には事業専従者の記載がないので、法人から代表者等に支払った報酬・給料の額は加算する処理のみを行った。

<4> 原告は、減価償却資産の償却の方法を選択していなかったので、原告の減価償却費については、個人の場合の法定償却方法である定額法により計算すべきものである。そこで、本件比準同業者が減価償却費の計算を定額法以外の方法で行っている場合には、これを定額法に置き換えて計算した。

<5> 納税充当金につき、固定資産税及び事業税等を法人の前事業年度以前における納税充当金の残りから支出する経理方法を採り、支払った固定資産税及び事業税等を当期の事業年度における販売費及び一般管理費科目の租税公課として経理しない本件比準同業者については、税引前当期利益の額から、右固定資産税及び事業税の額を控除して、かかる法人の所得金額を算定した。

(3) 被告は、以上のような換算を行って本件比準同業者の係争年分の収入金額と所得金額を算出し、これに基づいて所得率を求め、その各所得率を平均して平均所得率を算出したのであり、右各収入金額、所得金額、所得率及び平均所得率は別表二「比準同業者の所得率」のとおりであって、平均所得率は一五・四七パーセントである。

(二)  右認定の事実によれば、右平均所得率算出のために抽出された同業者は原告と業種を同じくし、その事業地域、事業規模(収入金額)の点で合理的と認められる程度に類似しており、前記(一)(1)<1>ないし<6>の要件を具備するすべての事業者が抽出されていることからその抽出作業には税務当局の恣意が介在する余地はなく、かつ、法人事業者の所得金額については前記(1)(2)<1>ないし<5>のとおり個人の白色申告者の事業所得の金額に換算して算定しているのであるから、右平均所得率の算出方法には合理性があると認められる。

(三)  ところで、原告は、本件推計の方法は合理性を欠くと主張するので、以下、原告の主張について検討する。

(1) 原告は、原告が従業員三名の工場建物を持たない屋根板金加工業の個人事業者であり、一〇〇パーセント外注の下請け仲介業であるのに、被告が比準同業者の抽出に当り、実際に板金加工に従事している板金加工業との区別をせず、また自動車板金、屋根板金或いは室内板金の区別をせずに一律に板金加工業として扱うことは不合理であると主張する。

しかし、原告の主張するような営業の形態或いは製造対象品目の種類によって所得率に差異が生ずるか否か、もしも差異が生ずるとすればその内容がどのようなものであるかについては、これを認めるに足りる証拠はないのであって、むしろ右のような営業の形態や製造対象品目の種類の差異はその業種に通常存する程度の経営形態あるいは営業内容の違いにすぎず、推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものとはいえないと解されるから、比準同業者の所得率の平均値を求める過程で捨象されるものというべきである。

(2) 次に、原告は、平成元年分の同業者平均所得率が昭和六二年分及び昭和六三年分の同業者平均所得率よりも高率であるのは比準同業者の選定に誤りがあったためであり、したがって、本件については昭和六二年分及び昭和六三年分の同業者平均所得率の平均値を採るべきであると主張するが、本件比準同業者は前記のとおり合理的な基準によって抽出されており、また、推計課税の趣旨に照らすと、当該年分の同業者率を算定することができる以上、特段の事情がない限りこれによることが合理的であることはいうまでもない。そして、本件比準同業者は前記のように一一社に達するのであるから、右同業者数に鑑みても、各社の個別的な特別事情は全体の平均所得率の中に吸収されたものということができ、また、本件比準同業者の収入(売上)は前記のように原告の収入金額の二分の一以上二倍以内のものであって、事業規模も原告のそれと合理的な類似性を有するから、たとえ、平成元年分の同業者平均所得率が昭和六二年分及び昭和六三年分のそれよりも高率であるとしても、むしろ右所得率は比準同業者一般の平成元年度における所得傾向を示すものということができる。したがって、平成元年分の同業者平均所得率が前年及び前々年のそれよりも高率であるとの一事をもって不合理であるということはできず、その他本件証拠上右所得率の合理性を疑わせるような事情は特に認められないから、原告の主張は理由がないというべきである。

(3) 原告は、比準同業者として法人事業者のみを抽出した点を問題とするが、この点は前記のように比準同業者の抽出基準は合理的であるところ、右基準を充たす事業者は法人事業者しか存しなかった結果であり、しかも、法人事業者の事業所得金額は、法人事業者と個人事業者の税法上、会計処理上の取扱の違いを考慮して白色申告の個人事業者の事業所得金額に換算しているのであるから、法人事業者だけが比準同業者であるとしても、これをもって不合理であるということはできない。

3  本件課税処分の適法性について

(一)  原告の平成元年分の収入金額は一億二九三二万二八九六円であり、本件比準同業者の平均所得率は一五・四七パーセントであるから、推計による原告の右年分の事業所得額は二〇〇〇万六二五二円であることは計算上明らかであり、右金額は本件更正処分(裁決により一部取り消された後のもの)において認定された所得金額一九四五万六八二七円を上回るものである。

次に、原告の事業所得は右のとおり一〇〇〇万円を超えているから配偶者控除は認められないところ、前掲乙第二号証によれば、原告は平成元年分の確定申告において、所得控除として配偶者控除三五万円を含めて一七四万五一〇〇円を申告していることが認められるので、所得控除額はこれから右三五万円を除いた一三九万五一〇〇円となる。

したがって、所得金額は、二〇〇〇万六二五二円から一三九万五一〇〇円を控除した残額一八六一万一一五二円に所定の所得税率を乗じた五五四万四四〇〇円となり、右金額は本件更正処分(裁決により一部取り消された後のもの)で認定された所得税額五三二万四四〇〇円を上廻ることは明らかである。よって、本件更正処分は適法である。

(二)  前記のように原告の所得金額は二〇〇〇万六二五二円であったにもかかわらず、本件確定申告書における所得金額はその二割強である四四六万五〇〇〇円にすぎず、成立に争いのない乙第三ないし第六号証、第八号証、第一七号証の一ないし五、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は請求書を保存して売上額を把握しており、他方において太陽神戸三井銀行(現さくら銀行)岩槻支店に篠田宏治名義の普通預金口座を設け、同口座に取引先から相当額の送金をさせていた事実が認められる。そこで、これらの事実に基づけば、原告は事実の所得金額を知りながら、故意に著しく過少な金額を所得金額として申告したものと認められる。

そして、本件更正処分における納付すべき税額五三二万四四〇〇円から原告が平成元年分の納付すべき税額として申告した二七万一九〇〇円を控除した残額は五〇五万円(一万円未満切り捨て)であるから、本件重加算税額は、これに一〇〇分の三五を乗じた一七六万七五〇〇円となる。したがって、本件重加算税賦課処分は適法である。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 高橋祥子 裁判官 中川正充)

別表一

収入金額一覧表(平成元年分)

<省略>

別表二

比準同業者の所得率

<省略>

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